愛子さまと佳子さまが鴨場で接待されていましたね。まぁ佳子さまがセットというのはどうかと思いましたが毎回2人一組で鴨場接待されているようですね。
14日、千葉県市川市の宮内庁新浜鴨場で駐日大使らに伝統的なカモ猟を紹介する行事ということで愛子さまの参加は初めてだったわけですね。
愛子さまと佳子さまは、約20カ国の大使らに英語で「お楽しみください」などと笑顔で声をかけ、飲み物を手に懇談した。その後、カモ猟に向かい、それぞれ1羽ずつ捕獲したようです。
なぜか佳子さまも一緒に英語をお楽しみくださいと言ってる設定になっていますね。実際には佳子さまが最初に挨拶してその後に愛子さまが挨拶されていましたからね。
眞子さんと佳子さまの時は横並びに声をかけていましたがやはり愛子さまと佳子さまが横並びになると愛子さまは英語が話せるから歓談するけども佳子さまは話せないから本当に挨拶だけですからね。
しかもペコペコしながら入ってきていましたね。一緒に公務をすることでやはり愛子さまと佳子さまの公務の違いが分かりやすいですね。
ちなみにカモ猟は大きな池に集まったカモを、訓練したアヒルを使って細い水路におびき寄せるようです。それでカモが水路脇の人に驚いて飛び立とうとするところを、絹糸で作られた「叉手網(さであみ)」と呼ばれる手持ちの網で傷つけずに捕獲するようです。
捕獲後は足に標識を付けて放鳥するわけですが愛子さまと佳子さまも放鳥されていましたね。このカモ猟は江戸時代に将軍家や大名家で行われていたものが、明治以降は皇室で受け継がれているようです。
ちなみに宮内庁の鴨場は埼玉県越谷市(こしがや)にもあるようです。ちなみに写真も絶妙な感じで愛子さまは少し浮いたところから話して佳子さまは地面に置いていましたね。
この辺は愛子さまのやさしさかもしれませんね。天皇皇后両陛下は胸の高さぐらいから飛ばしていましたが愛子さまは佳子さまが苦手なのを知っていたんでしょうね。
愛子さまが胸の高さからで佳子さまが地面に置いたらバランス的にどうかと考えてカメラマンとかいろんなことを考えて愛子さまも地面に近いところから放鳥されたのでしょうね。
眞子さんは紀子さまとやった時に完全に鴨を死なせていた感じで放鳥してからピクリともしなかったですからね。あんな現場を駐日大使が見せられたら対応しにくいですからね。
それにしても良かったですね。昨年11月にも予定されていましたが百合子さまが亡くなって開催できていなかったですからね。コロナもあって皇族の参加は今年度5年ぶりだったようです。
鴨場は皇太子時代の天皇陛下が、雅子さまにプロポーズした場としても知られていますからね。結婚前年の1992年10月、天皇陛下が警備をつけずに、宮内庁職員の後部座席に毛布かなんかで隠して「極秘」で鴨場を訪問したわけですね。
そしてそこで外務省に勤務していた雅子さまに「結婚していただけますか」と結婚を申し込んで約2カ月後にお受けしたという事ですね。
そして天皇陛下は後の会見で、「極めて無防備な状態だったけれどもそれをする価値は十分にあった」と述べられたわけですね。
ちなみに写真からいろんなことがわかりましたね。特にフジテレビがいろいろ写真をアップしていましたが佳子さまは凄いヒールが高い靴を履かれていました。
愛子さまはブーツでしたが佳子さまのヒールが高い靴はさすがに鴨場にはダメだろうという感じですね。なぜヒールが高い靴でこようとしたんでしょうね。
放鳥する場面の写真でも佳子さまはウンコ座りのような感じでなんかハイヒールだからそうなるのか変な感じの写真がありましたね。
さらに愛子さまと佳子さまの写真で特徴的だったのは愛子さまは外国大使に囲まれて佳子さまが浮いているシーンの写真とか愛子さまが話している後ろの方で佳子さまが待機している写真もありましたね。
あれが全てを物語っている感じですね。愛子さまの廻りは人気だけども佳子さまの廻りは多くて2人って感じでしたね。
しかも愛子さまの廻りを7人ぐらいが囲んでさらにその後ろから5~6人が愛子さまを見ている写真もありました。そしてその後ろに佳子さまが2人ぐらいと話しているわけですね。
外国大使も佳子さまとの距離の方が近いのに遠い方の愛子さまの方を見ている感じでしたからね。ただ大使たちも愛子さまの鴨場接待に出席できるからなのか実は各国大使がみなさん同じ色のコートでした
他の鴨場接待を見ても大使はそれぞれ自由な感じの衣装でした。こないだの華子さまと彬子さまの鴨場接待も大使はそれぞれ自由な感じの衣装でした。
それなのに愛子さまと佳子さまの鴨場接待はみんな同じコートだったのでこれは事前にそろえようと話されていたのか宮内庁が用意したのかなんか愛子さまの不思議な力がそうさせたのかなんでしょうね。
ただどうもそろえていた可能性が高いです。それは外国大使が皆さん長靴でした。つまりちょっと足元が悪いところもあるんでしょうね。
まぁどちらにしても長靴を使わなければいけないぐらい足元が悪いわけだし佳子さまは初めてではないわけですね。だからハイヒールなんてありえないわけですね。
いつも佳子さまはファッションを褒めていますがちょっとやらかしましたね。こうやって愛子さまの公務が流されるとどんどん愛子天皇を望む声が高まってきますね。
そして悠仁さまは焦っているのか舞鶴に出没しましたが先に成年会見やれよと炎上しましたからね。アピールすればするほど裏目に出ますね。
TBSテレビで「春の皇室スペシャル プリンセス愛子さま“初めてづくし”の1年」という番組について記事が書かれていましたね。
愛子さま特集で愛子さまの初めての公務で昨年5月に皇居のすぐ近くにある国立公文書館で開かれていた特別展「夢みる光源氏」の鑑賞で日本の古典文学を専攻されているから凄い詳しかったと案内したプロモ驚いていたようですね。
案内した星瑞穂調査員にインタビューしたら愛子さまの古典の知識にビックリということで光源氏を主人公とする「源氏物語」には注釈書がいろいろあるのですが、このとき愛子さまに、江戸時代に出た「窺原抄(きげんしょう)」という公文書館と東北大学にしか現存していない希少な注釈書をお見せしたようです。
そしたら愛子さまから“江戸時代でしたら『湖月抄(こげつしょう)』が有名ですが、それとの関係は?”と質問があったようです。
「湖月抄」は江戸時代に広く読まれた注釈書で、それとは違ったものを展示した狙いを、愛子さまは問われてきたという事ですがそもそも普通の人は「窺原抄」も「湖月抄」聞いたことないですけどね。
だから少なくとも「大学院の修士課程くらいの知識をお持ちだと思いました」と、プロの星さんも感心したようですね。
さらに昨年3月、初めてお一人で伊勢神宮を参拝されたときに、神宮から車で30〜40分ほどの「斎宮歴史博物館(さいくう)」という施設も訪問してここでも映像ではわからない知識を披露したようです。
ここで愛子さまのために特別に展示されていたのが、古い絵巻の一部。百人一首にも入っている式子(しょくし)内親王という歌人の和歌が三首書かれているものです。
愛子さまの卒論テーマとなった式子内親王の和歌を見たわけですね。展示された絵巻に書かれた和歌を見た愛子さまは「式子内親王の歌はとても美しいと思います」と、その歌の描く世界について感想をしたわけですね。
案内した天野さんは、「(歌は)パッと見て分かるものではありません。式子内親王の歌をしっかりと研究されたと感じました」ということですね。
実はこの絵巻を改めてTBSの安住アナウンサーが取材で見せて貰い「貴重なものを見せていただきありがとうございます。悲しいのは、何て書いてあるかわからないことです」とコメントしたようです。
普通の人が見てわかるものではないのにそれをパッと見てわかっただけでも凄いという事ですね。ちなみに式子内親王の和歌は3首とも恋について書かれた和歌のようです。
当時の時代を把握したうえでこの恋の和歌の意味をパッと見てわかるという事でそれを美しいと表現するのも愛子さまにしか見えない世界があるのでしょうね。
まぁ愛子さまは昨年学習院大学を卒業されて日本赤十字社へ就職されたわけですが昨年10月には日赤とも関係がある佐賀に行かれたわけですね。
初めてのお一人での地方公務が佐賀県で国民スポーツ大会の視察がメインでしたがでしたが、佐賀では就職先の日本赤十字社の創設者と時空を超えた対面もされたということですね。
それが佐賀城の本丸歴史館でそこで寸劇をご覧になりましたがその主人公が佐野常民でこの人が今の日本赤十字社を創設したわけですね。
佐野常民はのちに世界遺産になる「三重津海軍所」の監督になります。これは佐賀藩が近代的な造船・修理のために作った施設で、2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のひとつとして世界遺産になっているようです。
つまり日赤の創設だけでなくて積極的に西洋の科学・技術を導入して日本の近代化をリードしていった人物の一人という事ですね。
まぁその中心人物という事で1867年にはパリで開催された万博にも佐賀藩使節団の団長として派遣されていて当時日本は舟しかない時代ですからね。
フランスまで行けるところが凄いですね。フランスまで船でイッテ生きて帰れるだけで凄い時代だと思いますけどね。ただそこで「赤十字社」の活動を知り、帰国して「博愛社」を創設しそれが明治になって日本赤十字社と改称し、佐野は初代社長になったわけですね。
それで愛子さまは目の前でその寸劇をご覧になって、パリ万博から帰国した佐野常民が博愛社を創設するところ。起立したまま、自らの就職先である日本赤十字社の創設シーンを鑑賞されたという事ですね。
まぁあの映像を見ましたが寸劇も結構長かったから座ってみさせてあげてとは感じましたけどね。この寸劇の中で、佐野は西洋には戦場で敵味方の関係なく医療を行う赤十字社があることを伝え、「人間を救うのは人間だ」と訴えるシーンがあるわけですね。
これが日本赤十字社のスローガンでもあるようです。それで演じ終わると、愛子さまは笑いながら常民役の俳優に近づき、「佐野常民さま」と、呼びかけたようです。
この辺もユーモアですね。そして、「“人間を救うのは人間だ”という(日赤の)キャッチフレーズをお芝居に取り入れてくださって、ありがとうございます」と声をかけたようです。
さらに日赤に入って最初にテストで(佐野常民の問題が)出たんです」と、愛子さまがユーモアのある説明をしてくれたようです。
愛子さまの前で演じた役者も会話を交わしたようですが「愛子さまはその場の空気を柔らかく温かく包んでくださるような、もうふわーっと周りが桜色に染まるような…。愛子さまのことをみんな好きになってしまうと思いました」と、感極まったように語っていたようです。
そして意外なことに愛子さまについて同じような思いを抱いたのが、「あしたのジョー」で有名な漫画家のちばてつやさんだったようです。
ちばてつやさんと愛子さまは話したことがあるんですね。ちばさんは2024年11月に皇居で開かれた茶会に招かれ、愛子さまとも話したようです。
愛子さまからは“締め切りに追われる漫画家のお仕事は、徹夜して大変なんでしょうね”とねぎらってくれて、もう全身が愛で出来ているような方ですよ。見ているだけで、心が温かくなりますと感動していたようです。
そういえばこの時も佳子さまと一緒でしたね。その時の記事ではちばてつやさんとの会話は無かったですからね。ただXの投稿では千葉さんの一言に愛子さまが赤面とありましたね。
Xの投稿を見るとちばてつやさんがおきれいにとあるのでその言葉に愛子さまが照れたんでしょうね。ちなみにこのTBSの皇室スペシャルの映像を一部紹介していましたけども凄い上手に編集していましたね。
愛子さまがこのお茶会に出席された時に隣は佳子さまがいました。ほとんど愛子さまが話して佳子さまは笑顔で頷くだけだったわけですね。
当時は両方とも映るかっとでしたがTBSの予告映像ではうまい具合に佳子さまがカットされている映像でちょっと皇室の報道も流れが変わってきたかなという感じですね。
まぁちょっと残念なのがこのTBSの春の皇室スペシャル、プリンセス愛子さま“初めてづくし”の1年という番組は関西では見れないんですよね。
4ちゃんTVという番組がやっていて恐らく関東でしか見れないのだと思います。まぁ見逃し配信でも見れたらまたチェックしたいですけどね。
ヤフーのエキスパート記事で坂東太郎さんが良い記事を書いていましたね。国会で「安定的な皇位継承に関する」協議を進めて「立法府の総意」をとりまとめる方針で一致したということで石破茂首相も国会での議論を期待すると述べています。
ただこの「安定的な皇位継承に関する」という言葉が少々誤解を生みやすいということですね。政府の有識者会議がまとめた報告書では「皇族数の確保を図る」方策なわけですね。
ただ「悠仁さま」までの皇位継承は有識者会議が一致しているポイントです。皇位継承順1位の秋篠宮さまと次世代の皇位継承資格者としての悠仁さままでの「継承の流れをゆるがせにしてはならない」となっているわけですね。
そして悠仁さまの次世代以降は「状況を踏まえた上で議論を深めていくべき」と先送りにしているわけですね。つまりこれは愛子さまが皇位を継承する可能性はまったくないわけです。
つまり男系女子の愛子さまが継承を可能とする皇室典範改正をする可能性がないという事ですね。この点については2005年に決めた皇室典範有識者会議の報告書と決定的に異なる点です。
ただ憲法は天皇の地位を「国民の総意に基く」としているわけです。それが果たして次世代の皇位継承者が傍系の悠仁さま一択で愛子さまはあり得ないという前提が「総意」なのかということですね。
少なくともまったく議論する余地がないとまでは言い切れないわけですね。国会議員も国民が選んで憲法でも国権の最高機関とされているから国民の総意としたいのかもしれないが愛子天皇を望む声も少なくない以上は話し合うべきではないかという事ですね。
それに過去には8人女性天皇が即位していて愛子さまはそもそも女系天皇でもないわけですね。愛子天皇待望論が小さくない以上は話し合うべきでその結果として従来通りの悠仁さまで行くとなった方が正統性を得られる分だけ悠仁さまにかかるプレッシャーも和らぐということですね。
それで通常国会でまとめようとしているのは「皇族数の確保を図る」の方で「喫緊の課題」だから「皇位継承資格の問題とは切り離」すとしているようです。
理由は簡単で悠仁さま世代にご本人以外の皇族がいなくなる可能性が生じているからということですね。つまり今のままでいくと生まれながらの女性皇族は現行法だと結婚したらその身分を離れると定まっています。
だから現在未婚の内親王および女王が婚姻後も皇族に止まれるように制度を改めるという案が1つで「有識者報告書」は江戸時代の将軍・徳川家茂と結婚した和宮さまを例示して「皇室の歴史とも整合的なもの」とみなしているようです。
ただ女性皇族が結婚する相手は皇族以外しかありえないわけですね。でも配偶者や子供は一般人のままという案を出しているわけですね。
そもそも理由というのが徳川家茂が皇族となることもなかったからという事が理由のようですがそもそも彼は将軍という別の特権的身分を有していたわけですね。
しかも上記5殿下は結婚とともに皇籍を離脱するのを前提として育ってきました。ご本人の意思を無視して「法改正したから今後は一生皇族です」と決めつけられますまい。といってご本人の意思に委ねるとなれば違憲の恐れも出てくるのです。
けど配偶者も子も皇族にならないのであれば結局のところ皇族が増えるわけではないので将来的な「皇族数の確保を図る」案とも言い難いという矛盾があるわけですね。
そしてもう1つの案が「皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする」ということで主として敗戦後に皇籍を離脱した旧11宮家の男系男子を対象としているわけですね。
ちなみに既婚者も「有識者報告書」は排除していないので竹田恒泰氏も含まれるわけですね。竹田恒泰は明治天皇の女系の玄孫ですが崇光天皇からなる男系男子を継承しているわけですね。
だから竹田恒泰も養子の候補として該当するわけですね。まぁさすがに容姿なら未婚者にするにしても数人しか該当しないわけですね。
もし迎え入れを説得できたとして「どこに何人」まで決めるのは至難の業です。「有識者報告書」は民法の規定を引用しているので今でいうと秋篠宮家、常陸宮家、高円宮家で三笠宮家は百合子さまが昨年亡くなられ当主が不在なわけですね。
まぁ「宮家」「当主」に法的な根拠はないので独身を含む20歳以上ならば男女とも養子を取ることが出来るという事ですが内親王や女王は婚姻後の皇籍離脱制度に決着をつけないと整合性が取れないわけですね。
だから仮に数人の未婚男性を旧宮家から迎え入れたとして安定的な皇族数の確保につながるかも微妙なわけですね。11宮家が皇籍を離脱した際の片山首相は継承資格者の男子を昭和天皇(当時)以外に子が上皇さまと常陸宮さまがいて弟の秩父宮さま、高松宮さま、三笠宮さまの3人がいるし三笠宮家の寛仁さまの6人がいらっしゃるので今は皇位継承の点で不安がないと信じると述べていたわけですね。
でも結果論とはいえ天皇の年下に6人の男子がいても今日のような状況になってしまったわけですね。だから仮に悠仁さまに男子が生まれなかったら養子で来た男系男子のお子さんも継承者にするとの含みがあっても安定的な皇位継承とは言えないわけですね。
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