デイリー新潮に悠仁さまのことが書いていましたね。3月18日に悠仁さまは筑波大附属高校の卒業式を終えられ4月5日に筑波大学の入学式に臨むということですね。
そのタイミングで秋篠宮さまと30年以上の親交がある江森さんが悠仁さまに関する本を出版するわけですね。そこには、秋篠宮さまと悠仁さまの秘められたエピソードがつづられているようです。
4月3日に『悠仁さま』というタイトルで講談社から出版されるようです。1991年に秋篠宮さまと対面して以来、現在まで親交を深めてきた江森敬治氏が書いているわけですね。
悠仁さまの素顔という事で例えば、長らく関心を抱かれ高校時代に学術論文も執筆されていた「トンボ」に関する記述もあり悠仁さまが10歳だった頃、秋篠宮さまと江森氏との間で交わされたやり取りがあるようです。
悠仁さまは、昆虫の中でもトンボとチョウが好きなようで「でも今、一番、関心のあるのはトンボでしょうね」と秋篠宮さまの言葉が紹介されています。
まぁ10歳の頃に気付いたならだいぶ遅いですけどね。6歳からトンボの調査を始めているはずですからね。それで江森さんが皇居や赤坂御用地にはどのような種類のトンボが生息しているのか聞いたようです。
そしたら秋篠宮さまは、困惑しながら「息子に何度か説明を受けましたが、私自身、よくトンボの区別がつきません。魚類だったらある程度、理解できるのですが、虫はね。正直、私はよくわかりません」と答えたようです。
もうこの辺が作り話間満載ですね。息子から何度か説明を受けたってどのようなトンボの種類がいるかは説明を聞いたという表現もなんかおかしいですからね。
トンボの種類を教えてくれたけど嘘をつくならもっと上手に嘘の記事を書いてほしいですね。昆虫の知識については、悠仁さまは10歳で、父親を超えたという設定のようです。
10歳は悠仁の悠という漢字がかけなかった頃ですね。そのほか、悠仁さまがお茶の水女子大附属幼稚園に通われていた頃の話も紹介していました。
一緒にお風呂に入り話をしたり、宮さまが両手で「水鉄砲」をつくって、それで悠仁さまにお湯をかけたりして遊んでいたようです。これも性格の悪さが出ていますね。
両手で水鉄砲は悠仁さまにかけなくても別にいいんですけどね。そういう性格の悪さも継承されているかもしれませんね。ちなみに秋篠宮さまは木登りが苦手ということですが悠仁さまは高い木の上も大丈夫なようです。
下から秋篠宮さまはハラハラしながら見守り「早く降りて来い」と、いつも心の中で心配していたようです。確かに意味不明に高い石の上で撮影された写真がありましたね。
木登りのシーンに関してはこれも愛子さまのパクリでしょうね。愛子さまも木の上にしがみついている写真があったけども愛子さまは3歳の頃でした。
それに愛子さまの時はいつ落ちても大丈夫なのようん両親がすぐ横で支えていましたからね。ハラハラしながら見守っていたという事は落っこちたらしょうがないやって感じだったんでしょうね。
ちなみに悠仁さまの5歳の誕生日に公開されたモミジの木に登っている写真は今だったら炎上するかなというのもありました。紀子さまは危なっかしそうに見ていないし1枚の写真は下につきそうな木の枝に悠仁さまがまたがって子供でもそこに乗っかったら枝の部分だしダメだろうという写真でした。
まぁ合成の感じもしますが微妙ですね。そして小学校時代の話として紀子さまは、悠仁さまを伴い、天皇陛下や内廷皇族方のお食事を担当する宮内庁大膳課で新年用の宮中料理作りを見学されたようです。
調理現場を訪れ、魚をさばいたり、和菓子を作ったりするところなどを見たようです。そういえば新年の春飾りも悠仁さまがやった設定の記事もありましたね。
ちなみに春飾りに関しては悠仁さまが小学校に入学し江森さんが宮邸で秋篠宮さまとお会いしているとズボン姿の紀子さまがお見えになりこの日は紀子さまと悠仁さまが一緒に皇居に行かれて新春用の春飾りの作業を手伝われていたようです。
それで職員が作業しているところを見学して悠仁さまは興味を持ち職員に教えてもらいながら作ったようです。しかも前年も前々年も陶器の上に鉢の土、草木やのりを植栽し宮邸に飾る春飾りを作ったようです。
何か時期が小学校というのは伝わってくるけど具体的に何歳とか書いていないし一度だけ悠仁さまの春飾りが公開されましたがそれも明らかに嘘と分かりましたからね。
それが小学校の頃から3年連続で作っているという設定ですからね。こういうデマを本で書きだしたらもう終わりですね。悠仁さまを苦しめているだけですからね。
悠仁さまの優秀設定をどんどん作ってどんどん苦しめていますからね。本当のことを語って障害だけども頑張っていますとか言った方が国民は応援してくれるんですけどね。
更に同じころに紀子さまは悠仁さまを伴い天皇陛下や内定皇族方の食事を担当する宮内庁大膳科で新年用の宮中料理作りを見学されたようです。
だからこれも皇居に行ったということでしょうね。調理現場を訪れ魚をさばいたり和菓子を作ったりするところなどを見たようです。ちなみに見学は悠仁さまが希望されたというより、秋篠宮ご夫妻ということでですね。
そりゃそうでしょうが『自分たちが日頃、いかに周りにいる大勢の職員たちに支えられ、世話になっているのか』を悠仁さまに教えるために見学させたのではという事ですね。
でもそんな場面よりブラックバイトで職員たちをしかりつけているリアルの現場を見させてこう言う大人になったらダメだよという場面の方が悠仁さまの教育にはよかったと思いますけどね。
こういう大人にはならないでおこうって引くぐらい嫌な場面を見せた方が効果的だったと思いますけどね。そんな誰が聞いても嘘だとわかる記事を書かせて嬉しいですかね。
リアルが全くない設定の記事ばかりでせめて証拠の写真とかそのぐらい公開してほしいですね。稲刈りのようにどう見ても影武者と分かる捏造の写真でもいいからそのぐらい用意してほしいですね。
ちなみに導火線が短い話題も書いていました。眞子さんも佳子さまも秋篠宮さまについて導火線が短いと成年会見で語ったわけですね。それで眞子さんは最近は丸くなったと語っていましたが、改めて佳子さまの成年会見で導火線が短いと言われたわけですね。
それで5歳になった悠仁さまに対しては叱らないわけですね。だから眞子さんと佳子さまが悠仁さまを指さして叱れ叱れと秋篠宮さまに促すこともあったようです。
相当性格が悪い姉妹というのが伝わってくるエピソードですね。ちなみにまた新しい設定の記事で悠仁さまは幼稚園の卒園の直前に秋篠宮さまと防災訓練に参加したようです。
起震車に親子4組ずつのりこみ秋篠宮さまと悠仁さまは他の親子たちと震度7の揺れを体験したようです。激しい揺れに驚く子供がいたけども悠仁さまは貴重な体験に終始笑顔だったようです。
ちょっといろいろドン引きですね。2012年頃だからまさに東日本大震災があってその体験として出来たりしているわけですね。それなのに悠仁さまは笑顔だったわけですね。
秋篠宮さまは体験のさせ方を間違えていますね。しっかりと震災は怖いものだと認識させてから体験させるべきでしたね。しかも絶対に体験していませんからね。
大震災の1年後ぐらいに震度7の体験をしていたら絶対に記事で残っているはずですからね。こういう時だけ全く人気がない皇族だから誰にも写真も撮られずメディアにもバレずに体験した設定ですからね。
もう宮内庁もよくこんないい加減な本を出版させましたね。というか秋篠宮さまと長年の付き合いだからそういう設定の本をかけと秋篠宮さまが江森さんに命令して出させた可能性が濃厚ですね。
まぁ4月からは筑波大学ですが悠仁さまは成年会見で志望理由について様々な大学を調べていく中で生物について学べる環境が自信に適していると考えたと述べられたわけですね。
でもしばらくは生物について学びにくい車通学を選ばれたわけですね。しかも住居を見つけても土日だけ宮邸に帰ってくる予定という事で全然学べる環境ではないんですけどね。
筑波大学でしか学べないサークルとかで研究とかもすればいいのに毎週末に戻ってくるという事で悠仁さまの為にもならないし警備の負担にしかならないですからね。
これからも国民を騙す生活を続けていく気満々って感じの記事ですね。
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