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愛子さま冷静に考えると凄すぎる!無能な国会議員:男系ではなく直系が判明

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愛子さま冷静に考える凄すぎる:お相手考える前に皇室典範改正だ

女性自身に愛子さまが海外留学をせずに日赤に就職を選ばれた理由ということで記事になっていましたね。愛子さまは4月11日に上皇ご夫妻に学習院大学卒業と日赤就職を報告しに行きましたが職場を休まれたのはこの日だけのようですね。

4月10日に明治神宮を参拝された午後にも出社されていましたからね。さすがにこれは驚いたということで、しかも4月14日の日曜日には、宮内庁楽部で春季雅楽演奏会も鑑賞されているわけですね。

冷静に考えるとえげつないブラック企業ですけどね。平日が毎日仕事で週末が公務って皇族にとっては公務が仕事ですからね。

考えてみたら凄い大変な道を選ばれましたよね。佳子さまなんかは非常勤で週3日行ってる設定ですが通勤している姿を目撃されたことがないしリモートで朝から夕方まで仕事しているとも思えないですからね。

冷静に考えると愛子さまは凄いですね。まだ入社1年目で数ヶ月は分かりますが週末に公務がある時は平日も休みとかそういう感じで今後は柔軟に対応してほしいですね。

ただ息抜きではないんだろうけども日本赤十字社の社員として今後は海外視察とか行けるだろうし皇族としての国際親善でも海外に行けるだろうしそれで少し日程的に余裕見ていくとかしたらなんか愛子さまとしても気分転換ではないけどもよさそうな気もしますけどね。

留学できていないぶん逆に長めに海外に行く時は3ヶ国同時に訪問とかそういったのも愛子さまが望めば実現できるようにしてどんどん愛子さまの活躍が見たいですね。

ちなみに日本赤十字社はこないだ愛子さまが昭憲皇太后の没後110年で明治神宮を参拝されましたが、もともとは博愛社という名前だったようですね。

明治10年の1877年に西南戦争の時に設立されたようで。1887年には日本赤十字社と改称したわけですね。それで1912年には、赤十字国際会議に際し、昭憲皇太后が10万円を寄付されたわけですね。

10万円と言ったら現在の3億5千万円相当になるのですがその寄付金をもとに『昭憲皇太后基金』が創設されたわけですね。

だから愛子さまにとっても昭憲皇太后は特別な存在で5世代前のご先祖でもあるし日赤の母というべき存在でもあるわけですね。

小田部教授も昭憲皇太后と愛子さまの共通点について語っています。昭憲皇太后は恵まれない環境にある人々に心を寄せ、支援の手を差しのべてきたということですね。

そして愛子さまも幼少のころより弱者への思いやりを示されてきたということで110年のときをへて、日赤という歴史のある組織を介して二人が結びつき深いご縁を感じたということですね。

まだ昭憲皇太后の時は女性の社会的地位が低くて、女性の自立や地位向上のために努力されたということですね。そして愛子さまも『さまざまな困難を抱えている方の力になれる仕事ができれば』と、日赤就職の時にお言葉を述べられたわけですね。

つげのり子さんも愛子さまはある時期から皇室の一員としてのご自分の運命を受け入れられたのだろうということですね。

恐らくその時期というのが、コロナ禍で通学できなかった大学の3年間ではないかということですね。当時は天皇皇后両陛下も外出をともなうご公務を控えざるをえなかったし御所で3人で語り合われる機会も多かったからそこでいろいろ管気たのではということですね。

両陛下が“国民に寄り添うために何ができるのか”というお話をされているとき、愛子さまも国民の役に立つ人間になりたいという思いをいっそう強められたのだろうということですね。

まぁコロナがなければ普通に海外留学をされていたかもしれませんね。ただ今国会では皇位継承の問題が話し合われているわけですね。

早ければ6月中には改正案が可決されるわけですが、少なくとも女性皇族が婚姻後も皇籍を維持するという案に、反対する声はないということですね。

だから愛子さまが皇室に残られたら国民にとっても喜ばしいことですが愛子さまと結婚する男性がどういうポジションになるかですね。

今のままだと恐らく、宮中晩餐など公の場に出席することになって準皇族といえるようなポジションになるのだろうということですがこれは自民党の案では結婚しても一般人という考えだからですね。

そもそもここが一番の問題だからここに関して詳しく書いてほしいんですけどね。まぁだからここで皇室典範改正で女性皇族が皇室に残っても配偶者の扱いをどうするかですね。

ここでは愛子さまの相手には国民からは品格のある男性をといった声も上がるでしょう。だから必然的に愛子さまのお相手選びのハードルも高くなってしまうということでしたが、その前に自民党の案で皇室典範改正したらダメだという主張で記事を書いてほしいですね。

無能な国会議員にド正論:男系ではなく直系が判明

小林よしのりさんのゴーマニズム宣言でも皇位継承の問題について扱っていましたね。皇族数の確保しかやっていないという話題ですね。

圧倒的少数派だけども男系固執の政治家とカルト信者ということですね。皇位継承の男系男子の皇室典範を改正しないと愛子天皇は実現しないわけですね。

そもそも戦前の旧皇室典範は大日本帝国憲法と同格とされてきたわけですね。つまり皇室典範は皇室の家宝でその改正は皇室の意向によって行われてきたわけですね。

それが今では国会でしか決めることが出来ないわけですね。そしてその国会を操っているのが男系カルトで自民党だけでなくいろんな議員に統一教会の秘書が潜り込んでいるわけですね。

そして女性天皇派のふりして統一教会を擁護したりするような人たちも現れてきているわけですね。皇室典範に関しては戦後に日本国憲法家の一法律に格下げされて国会の権限になったわけですね。

まぁ安倍信者はよく戦前の明治を賞賛してその頃に憲法に改正と訴えますが皇室典範はそのまま国会が決めろと訴えているわけですね。

明治を賞賛する人で誰一人として皇室典範は明治のように皇室が決めるべきと訴える人がいないわけですね。まさにこれが男系カルトですね。

そして天皇陛下は政治的な発言が出来ないわけですね。明治を賞賛する人は誰もこれがおかしいと言わないわけですね。本来は皇室典範の改正は皇室の意向によって決まらなければいけないわけですね。

つまり天皇陛下の判断によって行われるべきだということですね。天皇陛下よりも皇室のことについて知っている人もいないし男系男子に限りなんて歴史は皇室には無かったことも知っているわけですね。

天皇陛下でなくてもこれまでのように側室がなければ一夫一婦制で皇室が続かないことぐらいはわかるのに国会議員は誰一人分からないわけですね。

まぁ分かっていても宗教票が欲しいから日本会議や統一教会とか男系カルト信者の意向を聞いて動かないということですね。まぁ中にはスパイみたいに女性天皇派になりすまして女性天皇派を攻撃しまくって統一教会を擁護する人もいますからね。

今の国会議員は皇室のことに関心がない議員ばかりで関心があるのは男系男子に固執した議員だけだということですね。それで今の皇室典範だと次世代は悠仁さまだけしかいないわけですね。

ちなみに公明党の北側副代表は皇室典範改正の問題で当面は皇族数の確保が喫緊の課題で女性皇族が結婚後も皇室に残る案は急ぐ話だとしてその配偶者と子供は一般人のままでいいのではと言ったわけですね。

安定的な皇位継承こそが喫緊の課題なのに公務をする上での皇族数こそが喫緊の課題だと主張しているわけですね。配偶者も子供も一般人だから皇位継承者は増えずに皇室が終わるわけですね。

後は悠仁さまでギャンブルにかけようぜというギャンブル依存症的な考えになっているわけですね。女性皇族が皇族で配偶者と子供が一般国民だから一般国民の配偶者や子供は表現の自由もあるし政治活動も出来るし宗教を立ち上げるのも自由なわけですね。

秋篠宮家擁護だった森暢平も最近はこの有識者会議の報告書についてそもそもこの有識者会議の報告書について滑稽としか言いようがないとして最初から結論ありきで自分たちに都合のいい専門家しか呼ばなかったということですね。

だからこんな情けない報告書になると痛烈に批判しているわけですね。男系男子が伝統という学術的に否定されたものを男系カルトは妄信しているということですね。そしてそれを保守と思い込んでいるわけですね。

森暢平さんはこないだのサンデー毎日の記事でも男系より直系だと訴えていましたね。よく男系男子は女性天皇が中継ぎというけどもそうじゃないということですね。

例えば江戸時代中期に即位した後桜町天皇(ごさくらまち)がいたけどもこれは桃園天皇が若くして亡くなり、その後の皇位継承が問題となったわけですね。

それで桃園天皇にはまだ幼い第一皇子の英仁(ひでひと)で後の後桃園天皇(ごももぞの)と、成人した妹の智子(としこ)がいたわけですね。

それで英仁が幼いかったから直接即位するのは困難で、他の宮家の親王も考慮されたけども最終的に妹の智子が中継ぎとして即位して後桜町天皇になったわけですね。

ただこの即位は前例にないもので、昔は幼くても即位の前例があったわけですね。でも当時の考えでは天皇家では直系相続が重視されていて、遠い血縁の宮家からの皇位継承は実質的に皇統の変更とみなされていたわけですね。

だからこれは男系継承よりも直系継承が本質的に重要であることを示しているわけですね。それで中継ぎではあるけども後桜町天皇は英仁が成人するまでの間、天皇としての役割を果たし、その後も上皇として後継者を支え続けたわけですね。

後桜町天皇は学問に優れていて多くの和歌も残しているようですね。だから今の愛子さまにも通じるものがあるわけですね。

つまり直系で行きたいから遠い宮家に移すのではなく一度妹に即位してもらって本来の直系の後桃園天皇が即位したということですね。

だから今でいうと愛子さまが幼すぎて悠仁さまが生まれてなかったとして秋篠宮さまだけだったら一度秋篠宮さまが中継ぎとして即位して愛子さまが成人してから愛子さまが即位というような感じですね。

だから後桜町天皇の即位が単なる中継ぎではなく、直系の血統を重視するという日本古来の皇位継承の原則を反映していたのだということですね。

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